KYOCERA DCR-SC100の最近のブログ記事

なぜかロビンさんとIMAさんと3人で厚木の洗車場にいます。本当は富士スピードウェイで行われたN1耐久レースでアイフェルインプレッサを応援に行く予定だったのですが、 アイフェル号が直前の事故で出走できなくなってしまったので、急遽軽作業会に予定変更しました。なので久々に少人数でひっそりとした軽作業会。 作業内容は僕が先日のP.W.L.パワーアップオフに行けなかったため購入だけしていたプラグを、ようやく取り付けるのがメインでした。
プラグ交換の細かい手順は、ロビンさんのHPに詳しく書かれていますのでここでは割愛しますが、いや〜、大変です。疲れました。 エアクリやバッテリーの脱着はやっぱり手伝ってもらったのですが、今回は4本とも自分でやりました。慣れというのはなかなか侮れないものがあり あのメカ音痴の僕でもプラグ交換ができるようになっていたなんて自分でもビックリ大満足。プラグの焼け具合は別段かぶりの気配もなく丁度いい感じだと思います。 先週のパワーアップオフでは、僕と同じイリウェイ7番を外した人には、少々かぶり気味の車もあったそうですが、やはりECUの違いがあったのかもしれません。
プラグの他にはワイパーのゴムも交換しました。PIAA製の2種類(撥水効果タイプと長持ちタイプ)を運転席側と助手席側に取り付けてみました。別に同じものでも良いのですが、同じ日に違うものをつければ それぞれの商品の特徴などがわかりやすいかな、と思ったためなんですが、まだ良くわかりません。
ロビンさんはプラグ交換を途中で止めて洗車をしていたのですが、雨が降ってきてしまい残念でした。IMAさんはリアにロアアームバーを取り付け・・・。他には特に変わったこともせずのどかな一日でした。 

夏休みです。フリーランスとなると、いつでも休みが取れて羨ましいと良く言われるのですが、それは全くの逆で、フリーランスこそ代わりの人間がいないのでなかなか休めません。 それも夏はお盆のタイミングを外すと、クライアントからはまるで裏切り者の様な目で見られ、とても肩身のせまい思いを強いられます。 でも、今年はなんとタイミングのいいことか、見事連休を取ることができ優雅な家族旅行を決め込んでしまいました。
行き先は日光。僕は小学校の修学旅行以来かれこれ20年ぶりのその地にこころときめかせ、子供はわけも分からず大喜びの珍道中です。渋滞を避け、早朝の出発とあってか、首都高もすんなり抜け約4時間弱で 最初の目的地「日光江戸村」に到着しました。僕もここは初めてだったのですが、近所の人からも「トキちゃんはきっと喜ぶわよ」などと言われていたので、今回の目玉です。 園内に入るなり、おみやげ屋の従業員やその他スタッフの人たちがみんなチョンマゲ姿なのをみて、早速大笑い。ここのアトラクションは屋外屋内問わず行われている、江戸時代をモチーフにした演劇です。 日頃ヒーローショーに見慣れているトキローも、森の中で自分の頭上で繰り広げられる忍者劇に大喜び、ロープと火薬をふんだんに使い、立体感のある演出に大人達も拍手喝采です。 このショー以外にも屋内で行われる演劇は、さすがJAC!と思わせる本格的なアクションの数々、広い敷地内は完全に江戸時代にタイムスリップしたような見事な作り込みと相まって、 大人だけで遊びに行っても十分楽しめるのではないでしょうか。

長旅と江戸村で疲れ切った子供達も夕方宿に着く頃にはグッタリで今にも寝てしまいそうな雰囲気。そんな中でちょっとしたトラブルも発生。カーナビで宿の名前を検索し、目的地に到着したのですが 僕たちが泊まる宿がどこにも無いのです。カーナビには電話番号も登録されているのでその番号にかけてみると、最近カーナビで道に迷ってしまう人が多くて困っているとのこと、 とりあえず地図で正確な場所を教えてもらい、無事宿にはたどり着いたのですが、その差は約2キロほど離れてました。原因は不明・・・?
宿はアメリカン調の小綺麗なペンションで、料理もバイキング形式の食べ放題。味もまあまあといった感じで満足です。食事の後家族そろってお風呂に入ると、僕もすっかり疲れ切ってしまい、そのまま泥の様に眠ってしまいました。

翌日は20年ぶりに華厳の滝でも見に行こうと、いろは坂を延々登ります。目的地の付近で駐車場探しながらトロトロ走っていたのですが、ここって一歩通行なんですね。それに気が付くのが遅くて仕方なしにいろは坂二周もしてしまいました。 僕は楽しかったのですが、妻と子供はちょと辛かったみたいです。
さて、肝心の華厳の滝ですが、久々に見ると雄大です。その展望ポイントからの景色は切り取られた絵はがきのように美しく、日本人の美意識の良いところを突いているなぁ、などと変な所にも感心してしまいました。 以前ナイアガラの滝も見に行った事があるのですが、こちらは美しいというより、ひたすらでかいという迫力を楽しむ方がいいのかなぁ、 ここぞという展望ポイントがないんですよね、ホントに目の前まで行けたり滝の上から水が落ちるところが数メートルの場所で見れたりもするのですが、 華厳の滝のように周りの木々の緑や岩肌までも含めて自然の美というものが感じられないんです。
滝の次はやっぱり日光といえばここには行かなきゃ。という東照宮です。すんごいきらびやか!この美的感覚はある意味では悪趣味ともとれるのですが、そんな事より電気もエンジンも無い時代によくぞ・・・、と思わせるものでした。 なかでも気に入ったのは「鳴龍」というものです。それは天井に描かれた龍が鳴くという不思議な建物です。龍の鳴き声は坊主が鳴らす小槌の音で聞きます。 まずは龍の顔から離れた場所で「コーン」まあ普通の音です。ところが龍の顔の真下で小槌を打つと「コーンヒュルルルルルルル・・・」と長〜い共鳴音がします。これが不思議といい音なんです。 まるでシンセサイザーででも作ったような安定した共鳴音ですが、たぶん床や天井や柱の材質や配置を徹底的に研究して建築したのでしょうが、江戸時代のそんな粋な技術に脱帽です。
そんなこんなで、遊びまくった二日間ですが、自分の子供ころの思い出といったらほとんどが夏の思い出だったような気がします。夏休みぎりぎりで子供にサービスできてホッと一息のおとーさんでした。

夜の帝王ケンさんと昼間っから軽作業しました。ケンさんの愛車はブリッツェンなんですが、見たことあります?銀鰤。ブリッツェンのシルバーは今回初めて見たのですが、 予想以上に格好いいですよ、当初はあのポルシェエアロは赤には似合うが、シルバーはどうかなぁ?などと思っていたのですが、なかなかグッドです。黒も見てみたいな〜
場所は都内某所の整備工場、ということで梵天さんももちろん一緒です。 ケンさんはBGに乗っていた時からPROVAのブレーキパッドを愛用していたそうなのですが、BGからB4に乗り換えたとき、リヤのパッドだけは移植ができなかったそうで、 めでたく僕が頂戴することになりました。最近もらいものばっかです。
ケンさんはこれまたBGの時から使用していたというロアアームスティフナーを取り付けていたのですが、あれって結構こうトルクで締まっているのでジャッキアップだと大変なんですよね、 今回はリフトがあったので楽勝かと思いきや、やっぱ大変そうでした。案の定僕は見てるだけ(そのうち友達なくすな)
僕もパッド交換の後、車内抗菌のバルサンみたいなやつを炊いて作業を終了し、MTブリッツェンの特別装備である、ヘリカルLSDのテイスティングでもしようと三人で宮が瀬までドライブしました。
さすが夜の帝王ケンさん、初めての道で先もよく見えないのに見事なドライビング、それに比べて僕はMT使って坂道発進失敗するのが怖くて、結局乗らなかったです。
宮が瀬の駐車場に到着するとB4がいっぱいいてビックリしましたが、ケンさんのB4仲間の方々がオフミをやっていたようです。
で肝心のLSDですが、ちょこっと運転した梵天さん曰く「普通の街乗りも考えると、機械式よりも魅力的」ということです。 詳しいお話は新アドレスになったこちらで聞けるかもしれませんよ。
その後車内ではお二人の解読不能なメカ話に解った様な顔をして相づちを打ち、いつもの様に下ネタで盛り上がりながら帰路につきました。 あ〜あ、いいなMTって・・・・ 

前日の3時半ころ出発して伊豆白浜へ遊びに行ってきました。レガシィのラゲッッジにはイスやテーブルなどのアウトドアグッズを満載し 休日のおとーさんを演出するステーションワゴンの本領発揮です。やっぱりこの姿が一番レガシィらしいかも。
行く途中、伊豆で待ち合わせ予定のかとっちさんから電話で道路状況を聞き、東名→小田厚→伊豆スカという一番贅沢で優雅なコースを選択。 天気も最高で子供もご機嫌、久しぶりに楽しいドライブです。余りにもペースがいいので十国峠で休憩などしてしまったのですが、実はここから70キロくらいあるんですね、 何となく伊豆に入った時点で油断してしまいました。結局宿に着いたのは午後7時。4時間以上かかってしまいました。
宿では豊富な海の幸のご馳走を楽しみ、偶然にも白浜で行われていた花火大会を見物したりと、久しぶりの休暇をタップリと満喫させていただきました。 翌朝、7時に目がさめると子供達はすでに外へ遊びに行ってしまったようで、一人朝風呂につかり、迫り来るアレの時間を待ちます。アレというのはもうお約束の 「仮面ライダークウガ」です。子供たちはこの時間には戻ってテレビを見たいため早くから行動していたようなのですが、僕が風呂から帰ると、 トキローが泣きそうな顔していました。この辺りでは横浜より一週間遅れて放送されていて、先週みた回が虚しく流れていました。 実は子供と約束していたビデオ録画を忘れて出てきてしまったので、僕も真っ青。朝っぱらから子供をなだめ、ただただ平謝りです。 子供との約束は守らないとね・・・・・。 その後、海に着くとかとっちさんがカヌーを組み立てはじめます。僕はテーブルの用意をしたりパラソルを借りに行ったりで早くも汗がしたたり落ち、真夏の炎天下の洗礼を受けます。

トキローはかとっちさんの周りにまとわりつき、興味津々でカヌーを眺めていました。妻はロクローが寝てしまったのでエアコンギンギンの車内で待機しています。 小さい子供がいると一緒に遊びに行く人と足並みが合わせられないので、他の人達には迷惑をかけてしまい申し訳ないです。でも今回はスケジュールも特に決まっていないのんびり企画のためか、 はたまた、つねにマイペースで、のほほんムードのかとっちさんのおかげか、妻ものんびりできたから楽。と言ってました。 海にカヌーを浮かべかとっちさんとタンデムで入り江を周遊。ここ数日仕事が忙しかったせいか波と水しぶきにまみれ無心で遊ぶ一時は、まさに至福の時です。 陸に戻ると子供達と妻にまざって怪しい男を発見。P.W.L.のKITAさんです。ん〜、この炎天下でKITAのとぼけたギャグはいい清涼剤かもしれない(冗談ですよ〜) その後は妻も子供もかとっちさんとあずささんのサポートで順番にカヌーを楽しみ、僕もKITAさんとビギナーコンビで乗ったりと、いろいろ遊べました。 もうカヌー最高、一家に一挺欲しいです。 この日の昼食はもちろんバーベキュー。といっても焼くのはソーセージだけと、あとはパスタ。なんだかんだで子供達も野外での食事は慣れているのですが、 砂浜で火をおこして料理をするのは僕も始めてでなんか新鮮です。
ひとしきり遊びまくって帰り道は子供も妻もぐっすり、僕はみんなが眠っているのを良いことに峠で荷物をガチャガチャいわせて楽しみました。
かとっちさんあずささん、夢のような二日間、本当に有り難う。

この日は、ふらっと富士山のふもとにある自動車博物館に行きました。敷地の中にはなぜか戦闘機が飾られたりしていて 子供を連れてきたら喜びそうです。そんなのどかな風景の中に、たまたま白いクルマばかりのミーティングが行われていて、 その部分だけは、どこかの営業所の駐車場のようで、ちょっと異様な感じがしました。
館内には所狭しとクラッシックカーから現代のスーパーカーまでが時代順に並んでいて、クルマの歴史が一目瞭然で分かる仕組みになっています。 どうやら、某バルブメーカーがスポンサードしている様子で、どう考えても時代的にというか、見た目にも不自然なフォグランプカバーが 多くの展示車両に取り付けてあったのには興ざめしますが、まあ、全体的には面白いと思います。近くへ行かれた際は覗いてみてはいかがでしょうか?
そのあと、折角来たのだからと富士山五合目まで、足を延ばしました。行く道は有料道路ですが名前が良いです。"スバルライン"これは登らずにはいられません。 距離は良く分かりませんが気持ちよく15分ほどワインディングを抜けていくと、五合目のドライブインに到着します。
ここで驚いたことに、またもやさっきの白い軍団と出くわしてしまいました。折角の胸の空くような壮大な風景の中にたたずむ営業車達。 その姿はさしずめ、埠頭などによく見るモータープールのようです。どこにでも変わった人達は多いですね・・・。

なんで、平日なの? どうせなら休日にやってほしいですよね、入学式っていったら、我が子の一世一代の晴れ舞台じゃないですか、 僕はプータローみたいなものなので問題ないのですが、それでも仕事のスケジュールあわすのにけっこう大変でした。 他の子達のお父様方はやはり、半数くらいは来れなかったですね、可哀想に・・・。
で、相変わらずのトキローも緊張してましたね、この日に担任の先生やクラスメートとも初対面だし、なによりこれから6年間も通うことになる 校舎にもどうどうと入っていけるのです。校舎は長い長い階段を上ったところに、ほとんど歴史的建造物の様な古ぼけた円形校舎がそびえます。 実は妻もこの小学校の卒業生で、久しぶりに入る母校に感無量かな?いや妻は僕ほど感激屋ではないので、サラっとしたもんです。 感激屋の僕は、校舎に入り下駄箱で感動。そして教室で感動。なにしろ学校独特の、あの臭いがいいですよね、入った瞬間に漂ってくる 懐かしい臭いの元を探しあちらこちらを嗅ぎ回ってしまいました。どうやら黒板とチョークの臭いのようです。
ここで、親子離ればなれにされ、いよいよ子供は巣立ってしまうのですが、親たちは式典の行われる体育館へ移動します。 おそらく、知らない子達にかこまれて、初対面の先生の話を聞いてるんだろうなぁ、などと想像しながら用意された保護者席で待ちます。 しばらくすると、司会の先生の挨拶の後、先輩の生徒さん達のマーチングバンドの演奏にのって子供達が入場です。 今までの幼稚園での印象とは違いふざけていない。それどころか大人しすぎて心配してしまいました。やはり最初くらいは、そうでなくっちゃ困ります。 と、思ったのもつかの間、帰る頃にはご覧の調子です。やれやれ。

皆さんはどんな時に涙流します?嬉しいときですか?それとも悲しいときですか? 僕は涙を流しません、もし流すとしても痛いときと痒いときくらいです。 思わず言い切ってしまいましたが、ちょっと嘘です。子供が産まれたとき流れました。 でもそれまでは子供の頃にガンダムの最終回を見ながら必死で涙を堪えていたのが最後の記憶です。 大人になってからは、テレビドラマや映画などでは絶対泣けません。 よく映画館で泣いてる人いますが、なんで泣けるのか謎です。
この度、我が子が幼稚園を卒園するにあたって卒園式です。3年前門をくぐってからアッという間にそんなに時が経ってしまいました。 丁度僕の独立と同じ様な時期だったためか、目まぐるしく過ぎゆく毎日の中で気がついたときには、トキローは一人でトイレに行けるようになり、 電話にも出るようになり、洋服も・・・もうちょっとかな? とにかく凄い成長ぶりです。 特に弟ロクローの誕生以降、トキローの兄貴ぶりは見事なもので、今では親も羨む仲良し兄弟です。

自分の子供を誉めまくると、あと十年もしてグレたとき後悔しそうですが、今はとりあえず良い奴です。 その成長を助けて下さった幼稚園の先生やお友達には、親として心から感謝の気持ちでいっぱいです。 周りの友達はほとんどが幼稚園の隣の小学校に入学するのですが、トキローは学区の都合で別の小学校に進学します。 つまり3年間成長をともにした仲間たちとお別れになるわけです。
でもなぜかトキローは泣かないのです。僕はガンダムの最終回以来の涙腺のゆるみを必死になって堪えていたのですが、 その時のトキローの気持ちを後で聞いたら、先生や友達がいつまでもそこに居るとわかっているから問題なかったようです。 過去2年間は、進級のクラス変えの度に号泣していたのですが、それはたまたま担任の先生がお二人とも退職したからだったそうです。 つまり自分の前から人が居なくなるのは寂しいが、自分が居なくなるぶんにはまったく悲しくないようなのです。 悲しくないというより、むしろ希望の方が大きいみたいです。 この3年間の間に、そういうアグレッシブな精神が宿ったことが男親としては一番嬉しいです。
トキロー、強くなったな。

何度も言いますが、僕は会社員ではありません。だからといって、社会に適応出来ない人間というわけでもないと思います。 仕事の特性上、会社相手に発注するより、フリーランスの人間の方が仕事を受けやすいらしく、 僕の同業者は、30歳前後になると独立し、自分で事務所を構え、いわゆるSOHO生活に入る人が大勢いるようです。 そんなわけで、僕も3年前から勤めていた会社を辞め、フリーランスとして活動しているのですが、 家賃やらOA機器のリース料等、いろいろ経費がかさむもので、それを軽減するために、専門学校時代の同級生たちとワンルームマンションを共有しています。 独立当初は、事務所の近くに駐車場を借りてクルマ通勤をしていたのですが、月3万5千円の駐車場代はさすがに厳しく、 駐車場代を浮かせた予算で原付バイクを買いました。これで通勤時間は約10分です。

さて、本題ですが、昨今の不況に飲み込まれたのか、はたまた自分の力不足か、昨年末は会社員時代では考えられないのんびりムード。 忙しいときは、あれほど欲しかった自分の時間というやつを、ヘドがでるほど味わい、おかげさまで現在そのつけが回ってきて深刻な財政難です。 ところが、昨年の自分の時間は、それまで未開の地であったホームページ制作の世界を覗き見ることができ、 あわよくば、これを武器に財政難から抜け出すことができれば、と猛勉強中です。 今年に入ってから、昨年お休みしていた順レギュラー仕事やその他もろもろの仕事が津波のごとくやってきて、 掲示板のレスも遅れるほどの忙しさです。

実は昨年の始め頃、それまでこなしてきた細かい仕事を断るといった、天狗行為を行っていました。 でも今年は、来た仕事は極力断らず、助っ人にも頼らず、限界までやってみようかな、と意気込んでいるのです。 どんな小さな仕事でも、声を掛けてもらえるというのは嬉しいものですね、 比較的楽にこなせるレギュラー仕事ばかりやっていると、どうもアイデアが貧困になっていけません。 去年はサービス仕事やコンペ参加は何度か断ってしまったのですが、 売り上げに直接かかわらない些細な仕事に全力を尽くすというのも、時には大事なのかな、という気がしました。

毎年行われる幼稚園の生活発表会。僕の記憶では昔は学芸会と呼んでいました。年少の時は、仮面ライダーに扮して 踊りとでんぐり返しを見せてくれました。年中の昨年はウルトラマンでダンスです。2年連続でヒーローになりきり 大喜びだったトキローも、一つだけ不満があったようです。それは他のクラスで演じられた劇に出たかったようです。
そして今年は念願かなって「ピーターパン」でした。しかも主役! 親としては、まさか自分の子供が主役をやれるほどの人物とは思っていなかったので、なんとも不思議です。そして不安。

やはり、一番可愛いからしょうがないのでしょうか、親としては嬉しいですが、文部省公認の幼稚園の先生が、そうあからさまに ウチのトキローが一番可愛いなどという扱いをしてしまうなんて、他のお子様たちに申し訳ございません。でも、そこまで言うなら・・・、 ということで、ピーターパン役は我らがトキローです。(ホントはジャンケンだったそうですが) 当日までは、毎年衣装の準備で、てんやわんやなのですが、過去にやったヒーロー達とちがってシンプルデザインのため、 妻も余裕かましてました。何しろ昨年までは布やカッティングシートであの複雑なヒーローの模様を、切ったり貼ったりしながら制作していたのです。 どこのママ達も、何週間も前からどこかの家に集まり、素材、予算、制作方法などを打ち合わせし、子供達の衣装に差が出ないように気を使いながら、 親子総出で作り上げる一大イベントです。このため子供を通して知り合った大人達のご近所ワールドが強固なものとなり 公園派閥のような、妙な関係を越え、育児に対する良き相談相手が生まれたりするようです。
これには幼稚園側の明確な意志が感じられ、実際の作業は見て見ぬ振りをする、僕にとっても大歓迎な日々です。 そして本番。幼稚園ではなく、区役所内のホールを貸し切り本格的です。ステージ上ではいつも家では、親の言うことなど知らん顔のトキローが ナレーションと音楽にあわせて元気良く動き回ります。年に一度のトキローのよそ行きフェイスは、何度見ても可愛いです。 やはり先生もこの笑顔に劇の成功を託したかったのでしょう・・・・。
実はピーターパン役はトキローだけでも十分のハズなんですが、一応他の父兄の手前、二人で一役にしてあげた様です。 トキローは前半15分ほどを担当していたのですが、見事なまでにそのコケティッシュな魅力を観衆に見せつけ、 圧倒的な存在感のまま舞台をおりました。

トキローの幼稚園生活はあと、卒園式を待つだけとなりましたが、最後に良い想い出ができました。

NHKの女子アナと歌舞伎役者の軽快なトークの後でお目当ての出場者を探すが見あたらない・・・。 いったいどうしちゃったんだろう?と心配したものの曲が始まるや大勢の人影からさっそうと登場する「モーニング娘。」ん〜、ファンタスティック! その後数分間、トキロー・ロクローとともにテレビにかぶりつき歓喜。 そしてしばらくは良く知らない人達のどっかで聞いたことのある曲を聴きながらつかの間の休息。

「茂森あゆみ&速水けんたろう」のだんご三兄弟は、子供達につきあってチョット見ました。もうその後は全然興味ないのでチャンネルを変えて紅茶でも飲みながら 妻の母上と談笑にふける。しかしなにげなく新聞に目をやると「鈴木あみ」の名前が目に付き慌ててチャンネルを1チャンに合わす。 画面に映っているのは「SPEED」ふぅ間に合った、まだ「鈴木あみ」歌ってないみたい。そういえば「SPEED」解散だそうですね、 最近の新曲とか聞いてて思ったのですが、もったいないですね、可愛い子もいるし外人みたいのもいてキャラが立ってます。 しかしこのままでは印税の問題とかあるのかなぁ、歌ってる人と踊ってる人でギャラ同じじゃ変だし、ってそういう問題ではないでしょうが僕のバンド停止状態とはレベルの違う話なんでしょうね。 で「ゴダイゴ」懐かしいです。ガンダーラ歌って欲しかったなぁ。ここで再びチャンネル変更→談笑・・・・・

しばらくして、ふたたび1ッチャンに戻ると「ラルクアン・シエル」がやってました。意外な事に彼らは認めてるんですよ僕も。なぜなら、ちゃんとメンバーが演奏してるから。 いや、ちゃんと演奏してるかどうかはわかりませんが、最近流行のユニットってのはどうも納得いかないわけです。 だってバンドってのは日頃から気のあった者同士でスタジオ入って、みんなで喧嘩したりしながら曲作って練習してなんぼだと思ってますから、 常に助っ人が居ないと成り立たないユニットはバンドでは無いわけです。(僕的にはですよ)この間なんかちょっと好きな日本語の曲があって そのなかでもドラムが無茶苦茶かっちょええ〜、もろ70年代!とかいって気に入ってたのですが、メンバーにドラマーが居ないことを知ってがっかり。

それはそうと、お待ちかねの「鈴木あみ」です。か〜わ〜い〜い〜・・・・。ここまで来ると曲はどうだっていいんです。 はっきり言ってこの瞬間に僕の頭の中は「モーニング娘。:鈴木あみ」は「3:7」に決定です。 エンディングに「SMAP」を聞きながら僕の紅白は終わりました。 一応著作権が気になるので写真はこんなんで、勘弁して下さい。2000年になった途端、携帯電話の表示がこうなってました「しばらくお待ち下さい」です。 あと上の写真はウチからみた花火。以上。

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